Lesson3-1 犬のしつけ、基本編

しつけの前に抑えておくべきこと

飼い犬のしつけをする前に押さえておくべきことはいくつもありますが、ここではその要点を紹介します。

大事な初期学習は社会化期に!

Lesson1-3「犬の一生と成長」で紹介したとおり、生後3週齢~12、3週齢頃までは社会化期にあたります。犬がボディランゲージを習得するためには、この時期に子犬同士で触れ合わなければなりませんし、人間や他の動物に慣れる(順化、といいます)ためには、やはりこのタイミングで多くの人や動物に触れておかなければなりません。

社会化期は人間にたとえるなら2~3歳の子供のようなものです。トイレなどの基本的な生活習慣をしつけるためにはこの頃がベストで、それから情緒教育、伏せやお手などのトレーニングへと移行します。犬も人間と同じで、幼い頃に適切な教育を施すのが大事、と心得ましょう。

条件付けとしつけ

古典的条件付け

パブロフの犬、という有名な実験についてはご存知でしょうか。メトロノームの音を聞かせてから犬に餌を与えると、犬はやがて音を聞くだけでよだれを出すようになったというものですね。

生理的な反応を引き起こさない無条件刺激(例:メトロノームの音)→生理的な反応を引き起こす条件刺激(例:餌を与える)と続けることで、本来は関係のない音と餌やりが犬の中で結びついていくのです。この流れを古典的条件付けと呼びます。

オペラント条件付け

古典的条件付けとは異なり、ペットのしつけによく使われるのがオペラント条件付けです。「良いことをしたら褒める」「悪いことをしたら怒る」と考えれば分かりやすいでしょうか。オペラント条件付けの考え方にしたがい、ご褒美報酬よい行動の頻度を上げ、逆に罰を与えることで問題行動を押さえるのが犬のしつけの基本になるでしょう。

Lesson3-1

自発的な行動の頻度が高まることを強化、低まることを弱化といい、それらを促すものをそれぞれ正の強化子好子)、負の強化子嫌子)と呼びます。正の強化子の代表的なものがおやつ、逆に犬の行動を無視したりするのが負の強化子となります。強化子となるものの一覧を挙げてみましょう。

代表的な正の強化子

  • おやつを与える
  • 撫でる
  • 褒める
  • 犬に構ってあげる
  • おもちゃで遊ぶ

代表的な負の強化子

  • 苦いものを与える
  • びっくりするような大きな音を聞かせる
  • 犬の行動を無視する
  • 餌を抜いてしまう
  • 狭い場所に閉じ込める

体罰はNG!

負の強化子の中に体罰のようなものがあることにお気づきでしょうか。苦いものを食べさせたり餌を抜いたり、狭い場所に閉じ込めたり轟音を聞かせたり……中には虐待にあたるものもあります。しつけをする上で効果がないとは言いませんが、ペットの健康を害し、福祉を損なう恐れがあるので、しつけとしても体罰は使用するべきではありません

犬のしつけに平然と体罰を使う時代もありました。しかし研究が積み重なるにつれ、そもそも体罰はご褒美に比べると効果的ではないということが明らかになってきており、現代では多くの専門家が体罰に対して否定的な見解を持っています。もちろんプロのトレーナーのように効率的な体罰を知っているなら話は別ですが、飼い主の多くはアマチュア。体を痛めつけるだけで終わってしまう可能性が高いのです。百害あって一利なしとまでは言いませんが、しつけのために体を痛めつける意味は薄いと考えてよいでしょう。

もし体罰に近い方法で犬に負の強化子を与えてしつけたいなら、体を叩いて痛みを与えるのではなく、大きな音を使って驚かせるなどのサプライズを検討しましょう。それでも、ご褒美を利用したしつけに比べれば効果が薄いことは否めませんが……。

そもそも人と犬の関係=上下関係という考えは正しいの?

答え:正しくありません

もちろん犬によっても個体差があり、フラットな関係よりは上下関係を好むタイプもいるかもしれませんが、それはちょっと珍しいケースでしょう。今のところ、飼い主と犬が上下関係を結ぶべきとする従来のしつけには、科学的な根拠はありません。

もしオオカミを飼うのだとしたら、飼い主を群れのボス(アルファ)として認識させるというしつけにも説得力があったかもしれませんが、Lesson1-4で見たとおり犬とオオカミは別物です。しかも、オオカミの群れ(ウルフパック)でさえ、実はアルファ(繁殖の権利を有する個体)が全てにおいて優先するというわけではありません。アルファが持っているのは繁殖の権利だけで、ときには他のオオカミを優先させることもあり、常に自分が上位であると示しているわけではないのです。オオカミでさえそうなのですから、犬に対して上下関係を教え込むためのしつけ――たとえば、仰向けに押さえつけるアルファロールオーバー、鼻を押さえ込むマズルコントロールなどは、行うべきではないでしょう。忠誠心よりもむしろ恐怖心を植えつけてしまいます。

人と犬の関係は上下関係というより親子関係として考えるべきものです。飼い主は犬に安心して暮らせる環境を提供し、犬は飼い主を信頼する。その関係の中にはなるべく暴力を混じらせず、罰よりは褒美によってしつけを行うべきでしょう。

以上が犬にしつけを行うための事前知識です。これを前提に、次のLessonからは犬の具体的なしつけを学んでいきましょう。